僕の日記

正解の多様性。

前は内容の薄い歌詞だなぁと

想いながら聞いていた歌が今聞いたら

鮮明な情景が思い浮かぶいい詩だと感じ

作り手の意図が初めてわかったり

 

昔インディアカ仲間の話を飲みながら聞いて

その考えはどうだろうかと激論を交わしたことが

最近その話を肯定的に考えることが壁の打開に

つながることに気付いたり

 

わかっていけばいくほどわかっていないことが

わかっていく日々ですな。

 

だからって昔の自分が不正解って事でもないし

今気づいたことが唯一の正解ってわけでもないんだけど

 

そうやって進んでいけばおのずと偉そうなこと(決めつける

ようなこと、自分の意見を通そうとすること)は後のことを

考えると言うのが恥ずかしくなるっていうもんですな。

 

結果、望むと望まざるにかかわらず

「実るほど首を垂れる稲穂かな」

になるっていうもんですな。

 

supi-doihan

 

 

 

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