かっこいい男をいつも目指している。
それはハンサムでなくても足が長くなくても
高級な車に乗ってなくてもブランドの服を
着てなくてもなれるものだと思っている。
人の意見や考え方を理解し認めることができ
認めていることを相手に理解してもらえるよう
伝えることができるようになればおのずと顔は
味わい深い魅力的なそれになるであろう。
節度を持った生活と運動を課し継続できれば
おのずと体は良い姿勢を伴ったバランスの
美しいそれになるであろう。
価値観を磨き上げ確固たるポリシーの上に
愛着を持ち乗り続ければ車は必然的に
持ち主に似合ったそれになるであろう。
清潔感を保ちつつ適切なサイズ感と姿勢を
もって着れば服のブランドはロゴの有無
だけにしかなり得ないであろう。
勿論外的ステイタスを否定するつもりはない。
ただそれはかっこよさを補助しているだけで
それがあるからかっこいいと言う物では
ないと思っているし、そう思えない者は
かっこよくないのではないかと思っている。